■概要・見所 1966(昭和41)年7月に沼ノ端にある旧・勇払川右岸から発掘された、5艘の丸木船と櫂や棹などの船具類です。鎌倉時代末から室町時代の初期に、アイヌの人々が製作、使用したものと考えられています。 丸木船は一本の大木を半分に割って刳り貫き、鰹節型に整形した河川用の丸木船(チプ)と両舷に波除けの板を張るための多数の小孔を穿った漁労や航海に使用する板綴船(イタオマチプ)が見つかりました。舷の一部には彩色やアイヌ民族特有のアイウシ文の彫刻が施されたり、櫂・棹には家紋(イトクパ)や所有印(シロシ)が施されています。 そして、1992(平成4)年に調査された千歳市美々8遺跡低湿地部からは、大量の木製品、丸木船、板綴船と櫂、車櫂(くるまがい)、棹、淦(あか)汲みなどの船具が出土しました。 特に櫂や車櫂の軸受にはメカジキ(シリカップ)の彫刻が施され、美々8遺跡を拠点とし、川を下り、太平洋に出て離頭銛(りとうもり・キテ)を使ったシリカップ漁が行われていたと推測され、沼の端の丸木船出土地は、この中継地として機能していたと考えられています。 係留された5艘もの大量の丸木船は樽前山の噴火により一瞬にして埋没したものと考えられますが、全国的このような事例はなく民俗学上貴重な資料です。 |
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