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大岬旧海軍望楼
■概要・見所
1875(明治8)年、樺太と千島が交換され、宗谷地方は国境の地となりました。ロシアは樺太に軍備を進め、それに対応してこの地の軍事的重要性は高まり、1902(明治35)年宗谷岬の丘に望楼が建設されました。重要な任務の一つが、当時最強と言われたバルチック艦隊の動向を察知することでした。2年後に無線通信所としての役割を与えられてからは、監視よりもむしろ無線施設として機能しました。稚内に現存する歴史的な建物では、最古のものです。
[建設年]1902(明治35)年[構造]石造1階建
●所在地
稚内市字大岬
●文化財の指定
稚内市指定文化財
●営業・開催・見学情報
[公開の状況]一般公開(屋外施設)
●備考
[写真出典]北海道大学建築史意匠学研究室